80年代のおわり、純也と優一は北陸の高校2年生。 美術部の優一は、偶然、校長室で見た女性像絵画に心奪われてしまう。 純也と共謀して、その絵を盗み出す事に。 そして、早朝の学校に忍び込み、盗み出すことができたが、重大なミスを犯してしまう…
共犯者たち
どうすれば、イディアの写真を撮るために、応接室から校長が席を外すようにできるだろうか。
執務室の電話が鳴ればいいのだが、そんな都合よく電話がかかってくるはずもない。
優一が頭を抱え、廊下の窓から夕暮れのグラウンドを眺めていると、不意に背後から声がかかった。
「おい、優一。さっきからため息ばっかりついて、なんか悩み事か?」
振り返ると、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた純也が立っていた。
優一はぎくりと肩を揺らす。
協力してもらうなら、純也しかいない。
そう分かってはいるものの、イディアのことをどう説明すればいいのか、わからなかった。そして、こわかった。
純也とはこれまで恋愛の話など、ちゃんとしたことがない。
同級生たちの恋愛模様をくだらないと純也は馬鹿にしていた。
それもあり、二人の間で恋愛話は暗黙のタブーとなっていた。
ましてや、絵の中の女性に恋をしたなどと打ち明けて、どんな反応が返ってくるか見当もつかない。
しかし、もう彼を頼るしか道はなかった。
優一は意を決した。
「純也…。ちょっと、話があるんだ。ここじゃなんだから、屋上に行かないか?」
「屋上?おおごとだな」
訝しげな顔をしながらも、純也は黙って優一の後についてきた。
夕風が吹き抜ける屋上のフェンスに寄りかかり、優一はどもりながらも、ぽつりぽつりと話し始めた。
好きな人ができたこと。
その人は、校長室に飾られている絵の中の女性であること。
そして、その絵の写真を撮りたいが、校長がいてうまくいかないこと。
案の定、純也は最初、きょとんとした顔で優一を見つめ、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
「はははっ!なんだそりゃ!お前、ついに頭おかしくなったか?絵に恋したって?最高に面白い冗談だな!」
「……冗談じゃない」
優一が低い声で、真剣な眼差しで純也を睨みつけると、さすがの彼も笑いを収めた。
そして、改めて優一の顔をじっと見つめる。
「……マジかよ」
「お前……最近、数学に熱心だったのは校長室に行くためだったのか」
純也はしばらく天を仰いでいたが、やがて呆れたように、しかしどこか面白そうに口を開いた。
「そこまで言わせるなんて、どんな絵なんだよ。その…イディアってのが、お前にとってどれだけ大事なのか、言ってみろよ」
優一は、純也が真正面から受け止めようとしてくれているのを感じ、堰を切ったようにイディアへの想いを語った。
初めて絵を見たときの衝撃、彼女の鋭い瞳に宿るやさしさと憂い、そして、見るたびに心が安らぎ、同時に締め付けられるような切ない感情を。
話を聞き終えた純也は、やれやれといった風に首を振りながらも、その口元には優一の熱意に対する理解の色が浮かんでいた。
「分かった、分かったよ。お前の本気はよーく分かった。そこまで惚れちまったんなら、協力してやらないわけにはいかねぇよな」
「本当か、純也!」
「ああ。で、作戦は?校長室の電話を鳴らせばいいんだろ?そんなの簡単じゃねぇか」
純也はこともなげに言った。
「職員室に置いてあるだろ、校内の内線番号が書かれた電話帳が。あれ見れば、校長室の番号なんて一発だぜ」
優一の目が輝いた。
単純かつ完璧な解決策だった。
「純也!ありがとう!」
「まあ、任せとけ。あとはタイミングだな。俺が適当な用事をでっち上げて、外から校長室に電話をかけてやる。その隙にお前は写真を撮れ」
完璧な作戦に、優一は何度も頷いた。
これで、イディアの写真を手にすることができる。
「ただし」と、純也は人差し指を立てて、悪戯っぽく笑った。
「一つだけ条件がある」
「条件?」
「ああ。この借りは、いつか返してもらうからな。俺がいつか、お前に助けを求めたとき…それがもし、恋愛がらみだったとしても、お前は絶対に俺に協力しろよ?」
意外な言葉に、優一はびっくりした。
恋愛を馬鹿にしているように見えた純也の、思いがけない一面だった。
だが、すぐに力強く頷いた。
純也はニヤリと笑って拳を突き出した。
優一もその拳に、自分の拳をコツンと合わせる。
言葉はなかったが、それが二人の間の誓いとなった。
絵の中の女性への恋が、こうして二人を「共犯者」にしたのだった。
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