80年代のおわり、純也と優一は北陸の高校2年生。 美術部の優一は、偶然、校長室で見た女性像絵画に心奪われてしまう。 純也と共謀して、その絵を盗み出す事に。 そして、早朝の学校に忍び込み、盗み出すことができたが、重大なミスを犯してしまう…
優一の決断
「優一、純也くんがいらしたわよ」
暗い気分のまま玄関へ向かうと、そこには対照的に、やけに晴れやかな顔をした純也が立っていた。
優一の顔を見るなり、彼は声を潜める。
「なぁ…あの子の写真、見せろよ」
有無を言わさぬ口調に、優一は黙って純也を自室へ招き入れた。
部屋に入るなり、純也は散らかった床に目をやる。
そこには、片付けきれてない、いくつかのくしゃくしゃに丸められた画用紙が転がっていた。
優一が机の引き出しから一枚の写真を取り出すと、純也はそれを受け取った。
そこに写る、射るような眼差し、でも憂いを帯びた表情の女性。
「これか。お前の惚れた女は」
純也は写真を光にかざし、しげしげと眺めた。
「…なるほど、きれいな人だな。だけど、正直、お前がそこまで夢中になるほどか?って気もするな」
その言葉は、優一の胸の最も痛い部分を的確についた。
「違うんだよ」
優一はかぶりを振った。
「絵と写真は、やっぱり違うんだ。写真を見ても、何も感じない。あの絵の前に立った時の、胸が締め付けられるような感覚が、まったくないんだ」
彼は力なく続けた。
「だから、この写真からあの絵を写そうとした。でも、全然ダメだった。ただの女性の絵にしかならない。どうしたらいいか、もう分からないんだよ…」
その落ち込んだ声を聞きながら、納得したように純也は床に目をやり、転がる描きかけの画用紙の一枚を拾い上げた。
顔の輪郭だけが描かれ、その瞳は描かれていない。
純也はそれを手に持ったまま、しばらく何も言わずに考え込んでいた。
長い沈黙を破ったのは、純也だった。
彼は手にしていた画用紙を机に置き、やけに真面目な目で優一を見た。「方法なら、ある」
その声は、驚くほど冷静だった。
「校長室に忍び込む。お前が描いた模写と、本物をすり替えるんだ。そして、本物を盗み出す」
「なっ…!」
優一は耳を疑った。
「ば、馬鹿言うなよ!そんなの無理に決まってる!失敗したらどうするんだ!停学じゃ済まないぞ!」
血の気が引いていく優一を、純也は揺るぎない視線で射抜いた。
「慎重にやればできる。校長室の鍵の場所も、上手くいく時間も、俺に考えがある」
純也は真剣表情で、優一の目を覗き込んだ。
「優一、お前はもう一度あの子と会いたくないのか、これでもういいのか」
「会いたいに決まってる」と叫びたいのに、声が出ない。
「好きになった女なんだろ」
純也の真っ直ぐすぎる言葉が、優一のごまかそうとしていた気持ちの輪郭を濃くした。
部屋の空気は張り詰め、二人の間には、優一が思いもしなかった計画が熱を持って横たわっていた。
「優一、お前が好きなのは、どうでもいい、この写真じゃないよな」
この純也の言葉がダメ押しとなった。
優一はしばらくの沈黙したあと、絵を盗み出すことに決めた。それしか自分がイディアと一緒にいることができる方法が、もう残されてないと思ったのだった。
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