【小説】アウトサイド オブ ソサイティ(27)夕闇の街に駆け出す

80年代のおわり、純也と優一は北陸の高校2年生。 美術部の優一は、偶然、校長室で見た女性像絵画に心奪われてしまう。 純也と共謀して、その絵を盗み出す事に。 そして、早朝の学校に忍び込み、盗み出すことができたが、重大なミスを犯してしまう…

夕闇の街に駆け出す

純也の部屋の空気は、奇妙なほど穏やかだった。
昨日、由香子への告白が砕け散ったばかりだというのに、張本人はベッドに寝転がり、天井を眺めている。
お膳立てをした優一の方が、よほど気まずい思いで椅子に座っていた。
放課後の屋上で告げられた由香子の想いについては、純也には何も言えない。

「まあ、見てろって優一」
不意に純也が言った。
「これで終わりだと思うなよ。こっからが俺のドラマの、本当の始まりだからさ。今はダメでも、もっと自分を磨いて、あいつにふさわしい男になってみせる」

その声には不思議なほどの力があり、落ち込んでいる様子は微塵もなかった。
優一は、そんな純也の姿に胸を打た。
友達ながら、純也のすごさに気づいたのだった。同時に自分も前を向いていく決意を固めた。

「…純也」
優一は口を開いた。
「イディアのことなんだけど、僕も区切りをつけようと思うんだ」

純也がゆっくりと身体を起こす。

「実は、安岡は全部知ってたんだ。僕たちが校長室に忍び込んで、イディアを盗んだことも全部。それで、安岡は、僕が一旦、隠しておいた美術準備室のイディアを紙筒から抜いて、代わりに安岡が描いた模写を入れてたんだ。こないだ、僕が家に持ち帰ったのも、安岡が描いた模写だったんだよ」

「…は?」

「本物の『イディア』は、この前マキさんに連れて行かれた浅野画廊の地下に、飾られてた。僕はそれを見てきた」

純也は言葉を失い、大きく目を見開いていた。
優一は、浅野画廊の地下の絵画バー「マーキームーン」でのことを話した。
イディアの絵はリドリーの自画像と組絵だったこと、その二組の絵が見つめ合う完全な円環だったこと、画廊を出た後、マキさんとファミレスで語ったこと、自分のイディアへの想いは、未熟なものだと気づいたことなど。

「そうか…。そんなことがあったんだ…」
「だから、僕はイディアのことは忘れて、もう一度、自分自身を見つめ直そうと思っている」

純也は優一をじっと見つめたあと、決然とした表情で立ち上がった。

「心機一転だな、俺たち」
そして、部屋の隅でほこりを被っていたアコースティックギターを手に取る。
それは、彼が中学の頃に夢中になり、そして挫折したものだった。

「よし、決めた。俺も、もう一度こいつをやる。なんか、今ならできる気がしてきた」
しかし、彼はチューニングをしようと弦を弾こうとネックを握ったら、がっくりと肩を落とす。

「あー、ダメだこりゃ。ネック、完全に反ってる。これじゃ弾けない。ずっと放っぱらかしにしてたから…まあ、いいや。今度、楽器屋に直しに…」

「ダメだ」
優一が、強い口調で遮った。

「今すぐ行こう。一緒に」
「え、こんな時間からかよ」
「まだやってるよ。いいから、行こう」

純也は戸惑いの色を浮かべる。
だが、優一の目は真剣そのものだった。
なぜそこまで必死になるのか、純也にはわからない。

「今だから意味があるんだ」
優一は、自分自身に言い聞かせるように言った。

「思い立った瞬間の熱が大事だ、だから、行こう。今すぐに」

その気迫に押され、純也はもう何も言えなかった。
彼は小さく頷くと、そそくさとギターをケースに仕舞う。
優一は上着を掴み、ドアを開けて純也を待っていた。
自分も行動しよう、純也と楽器屋に行った後、イディアに会いにいこう、お別れを伝えに。

家の階段を駆け下り、夕闇が迫る街へと向かっていった。
未来は不確かで、行動の全てが意味のあるものになる保証などない。
けれど、二人の胸には、確かな熱が宿っていた。

プロフィール写真

コメント

タイトルとURLをコピーしました