【小説】アウトサイド オブ ソサイティ(12)会えなくなる前に

80年代のおわり、純也と優一は北陸の高校2年生。 美術部の優一は、偶然、校長室で見た女性像絵画に心奪われてしまう。 純也と共謀して、その絵を盗み出す事に。 そして、早朝の学校に忍び込み、盗み出すことができたが、重大なミスを犯してしまう…

会えなくなる前に

「ああ、結局のところ、そうなんだよな。あの時にはもう、他にどんな道も残されてはいなかったんだよな」
優一は心の中で、自分に言い聞かせるように繰り返した。
アルコールのせいか、じんわりと脳が痺れていく。
純也が「ちょっと待ってろよ」と軽い足取りで台所へ向かうその後ろ姿を見送りながら、この数カ月に起こった出来事の記憶を、ぼんやりと手繰り寄せていた。


校長室の奥にある応接室。
そこに飾られた絵の中の女性『イディア』に、優一は恋をしていた。
彼女に再び会うため、優一が思いついた口実は一つだけ。
数学の質問だ。
校長の信頼を得て、定期的にあの応接室へ通うために、優一は必死に勉強した。
週に一度、数学の質問を口実に校長室を訪れるようになって、今回で3回目。
すっかり感心した様子の校長は、優一が差し出した問題集を見ると、嬉しそうに言った。
「なるほど、これは良い問題だ。少し長くなりそうだから、奥の部屋へ行こう」
「来た!」 優一は心の中で叫んだ。
応接室の扉が開かれると、壁に掛けられたイディアが優一を迎える。
モノクロの絵のはずなのに、彼女の周りだけが暖かな光に満ちているように見える。
優一は、この微笑みを見るためだけに、この一週間を過ごしてきたのだ。
校長が熱心に数式を解説してくれる間も、優一の意識の半分はイディアに注がれていた。
彼女が「頑張って」と応援してくれているような気さえする。
不思議と校長の説明はすんなりと頭に入ってきた。
「…というわけだ。理解できたかな?」
「はい、とてもよく分かりました!ありがとうございます!」
校長は満足そうに頷き、続けた。
「それにしても、君は変わったなぁ」
 「実は、君のように熱心な生徒が最近何人かいてね。 みんなのためにも、もっと集中できる環境を用意してあげたいと思ったんだ。来月からは、図書館の奥の静かな自習室を使えるように手配した。私がそこへ顔を出すようにするから、みんなで一緒に頑張ろう」
校長の善意の言葉が、優一の頭を真っ白にした。
「え……?」
自習室?
じゃあ、もうこの部屋には来られないのか?
イディアに会うための口実が、今、消えてしまった。
「あ…ありがとうございます…」
絞り出すような声で礼を言うのが精一杯だった。

校長室の扉が閉まった瞬間、優一は壁に手をついて崩れ落ちそうになった。
校長の善意が、仇となった。
「なんなんだよ…」声にならない声が漏れた。
脳裏に浮かぶのは、イディアのあの眼差し。
もうあの眼差しに会うことはできないのか。
週に一度の、あの数十分間のためだけに頑張ってきたのに、その道が突然断ち切られてしまった。
夕暮れの廊下で、優一は込み上げる悲しさと喪失感に視界が滲むのを感じた。
このまま終わってたまるか。
その時、優一の中に一つの光が灯った。
『そうだ、写真に撮ろう』
彼女の姿を、この手の中に収めれば、いつでも会える。
絶望は、新たな決意に変わった。
次にここへ来るのが、最後のチャンスだ。
しかし、高揚した気持ちはすぐに次の壁にぶつかった。
『どうやって?』 校長の目の前で、堂々と絵にカメラを向けるわけにはいかない。
そんなことをすれば、怪しまれるどころの話ではない。
かといって、こっそり撮れるチャンスなんてあるのだろうか。
無謀な計画に、再び目の前が暗くなりかけた。

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