「告白」を決意して迎えた文化祭。数少ない孤独な住人たちが掲示板に残した言葉に心を満たされる蒼太だったが、その静寂は大和たち「太陽の住人」の来訪によって無惨に破られる。大和からの悪意なき「王者の施し」に完全に打ちのめされ、さらに中庭で彼らと笑い合うひかりを目撃した蒼太の心は、激しい嫉妬と裏切りで張り裂ける。自らの愛が「ひかりを自分の孤独な部屋に閉じ込めたかっただけの独善」に過ぎなかったと悟った蒼太は、彼女のささやかな嘘さえも許容できず、文化祭が終わると同時に、二人で創り上げた『星空』を自らの手で乱暴に壊したのだった。
滲んだ手紙ときみの手のぬくもり
文化祭が終わり、翌日から僕の日常は、以前よりもさらに静かで、冷え切ったものとなった。
僕とひかりは、元の影と光の存在に戻った。
いや、それ以下かもしれない。
以前は影として彼女の光を見つめる許しがあったが、今はその資格さえ失った。
僕たちの関係は、すれ違う時も互いに視線を合わせないという、奇妙な均衡の中に閉じ込められた。
教室で、廊下で、僕たちは存在しないものとして「互いを透明にする技術」を身につけてしまった。
まるで、あの夏の間の輝きと崩壊は、僕の頭の中でだけ起こった幻想だったかのように。
僕はひかりを見ようとしなかった。
だが、時にはふとした瞬間に、彼女の横顔が視界の端をかすめた。
その一瞬、彼女がどこか遠い場所を見つめるような、悲しそうな表情を浮かべているのを見ることがあった。
そのたびに僕の胸は締め付けられたが、僕はただ無関心さを演じ続け、見えないふりをした。
あの壁画を振り払った日の、冷たい自尊心と自己嫌悪が僕をそうさせた。
季節が変わる前の、ある曇った日の放課後だった。
僕は教室の自分の席で、次の授業の準備をしていた。
次は化学室の授業で、教室に残っている人はまばらだった。
机の上に影が落ちる。
顔を上げると、ひかりが立っていた。
彼女は何も言わず、ただ折りたたまれた小さな便箋を僕の机の上にそっと置いた。
封筒にも入れられていない、ただの便箋。
封をする余裕も、形式を整える時間もなかったのかもしれない。
ただの紙切れに、彼女は「形式」ではない、剥き出しの言葉を記したはずだった。
それが、あの『愛の試み』の残骸を縫い合わせようとする、彼女からの最後の試みだと直感的にわかった。
僕は、彼女の顔を見なかった。
「……何のつもり」
僕の喉は、的はずれな言葉を発し、そして、その声は自分で驚くほど冷たく、低い響きを持っていた。
ひかりは何も答えなかった。
ただ一瞬その場に立ち尽くし、そして、まるでガラスのように脆い息を吐き出すと、静かに教室を出て行った。
一人残された僕は、机の上の薄い紙切れを見つめた。
その紙の端の方に、水滴が落ちて滲んだような小さな跡があるのを見つけた。
それが何を意味するのか、想像できないほど僕は馬鹿ではなかった。
それを開けば、もしかしたら僕たちの間に横たわる残骸に、彼女の視点からの光が差し込むかもしれない。
僕の独善と、彼女の優しさの真意が書かれているかもしれない。
だが、僕はその便箋に手を伸ばすことができなかった。
僕は、もう傷つきたくなかった。
そしてそれ以上に、「愛する」という自分が掲げた旗の覚悟のなさを、これ以上証明されるのが怖かった。
僕の孤独は、あの光によって破壊されることを深く恐れていた。
僕はその便箋を乱暴に掴むと、ためらうことなく、無価値なメモのように丸めてゴミ箱へと投げ捨てた。
白くて小さな紙の塊は、ゴミ箱の底に沈んだ数日分の消しゴムのカスの上に落ち、すぐに周囲の暗さに紛れて見えなくなった。
それは、かつて僕たちがアトリエで丸めて捨てた、あのデッサンの失敗作たちと同じ運命を辿った。
……いや、あれ以上に、それは救いのない完全な残骸だった。
手紙を捨てたあの日から、時間だけが無感情に流れていった。
僕の日常は、再び無色透明なものに戻った。
教室を照らす蛍光灯の白々しい光は、アトリエの窓から差し込んでいたあの柔らかな西日とは違い、ただ僕の孤独を無機質に暴き出すだけだった。
前を向いて黒板の平坦な深緑色を見つめていても、もうそこから『共犯の青』の鳥が羽ばたくことは二度とない。
世界からすべての色彩が抜け落ち、漂白されてしまったかのような冷たい空間。
授業中、僕はノートと教科書だけを見つめ、ひかりのいるはずの席の方向には決して目を向けない。
僕があの時見た、悲しそうな一瞬の影は、まるで幻だったかのように消え去っていた。
ある夜、泣きながら目が覚めた。
枕元の目覚まし時計は、まだ深夜を指していた。
胸のなかに、温かい感触が残っていた。
夢のなかで、ひかりと僕は以前のように、微笑みあって、何かを一緒に作っていた。
作業中、僕は誤って、自分の手のひらをカッターで傷つけた。
ドクドクと流れ出した真っ赤な血を見て、僕は驚いて、うろたえていた。
ひかりは、血の流れる僕の手のひらを自分の両手で包み込んで、
僕の目をしっかりと見つめて、静かに言った。
「大丈夫だから」
僕はベットから降りて、部屋の灯りをつけた。
壁の鏡に自分を映した。
涙のせいか、目が赤く充血している。
得体のしれない感情が、胃の奥からせり上がってきて、呼吸ができないくらいに、苦しくなる。
鏡のなかの自分の目に言い聞かせた。
「大丈夫、大丈夫だから」
次話(40話)は7月リリース予定

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